**Profile*****

【名前】奈々(本名/黒井奈々恵)

【年齢】20歳

【来歴】母の旧姓は「伊賀」

◆伊賀服部流忍術の始祖・服部半蔵の先祖・安徳天皇の親衛隊長・平知盛の重臣で『平家物語』にも登場する、"伊賀服部平内左衛門家長"の末裔です。※真実です。

◆1歳の頃から、伊賀一宮 敢國神社ゆかりの伝統の伊賀神服部党忍術を駆使した「伝統忍者集団・黒党(くろんど)」の忍者ショーに出演しており、全国各地や海外で活動を行っています。

◆子供たちや若い世代の方々にも"忍者は実在した"ということを知ってもらいたい思いから、「忍者の末裔シンガーソングライター・クロンド奈々」という名前で音楽活動も行っています。

◆2016年4月から長野県の信濃毎日新聞のこども新聞でコラム『忍者のナナです』を連載中です。毎月第三土曜日に掲載


”伊賀服部平内左衛門家長”とは
(通称/伊賀家長または服部家長)

服部家の忍術伝書『忍法秘巻』に、伊賀服部流忍術の"始祖"と記されている人物です。

平安時代末期の武将、平知盛の重臣として活躍した家長は、源平合戦で伊賀忍者を率いて、安徳天皇の親衛隊長を勤めました。

また、三種の神器の奪還を命じられた源義経の奇襲を再三かわすなど、神出鬼没な活躍から”煙りの末”(読み/けぶりのすえ)と呼ばれました。

今もなお、よく知られている伊賀服部氏の服部半蔵は家長の末裔と言われています。


伊賀忍者の頭領、服部一族の奇祭 「黒党まつり」
(読み/黒党=くろんど)

 11月23日(祝)、三重県伊賀市の伊賀一宮敢國神社で「黒党まつり」が行われます。

平安時代末期に先祖の家長が始めた、伊賀の奇祭、服部一族のまつりです。

神事に携わる者は皆、黒装束に身を固める慣わしがあります。

伊賀服部一族の私祭だったのを、平家の全盛期に、家長が敢国神社で行うようになったのが始まりと伝えられています。

平家滅亡後も伊賀服部氏主宰の神事として12月最初の卯の日に行われました。

 当時は、敢國神社の御祭神の中から、少彦名命様と金山媛命様を神輿に奉戴しまして、神社の北東約1.5kmの柘植川の花園河原にお移しし、7日間にわたって流鏑馬や、さまざまな芸能が奉納されました。

伊賀国全域と甲賀郡の一部の豪族を仮設の大座敷に招いて祝宴を張り、一般の観覧も自由でした。  

最盛期には伊賀国最大の祭りでしたが、費用がかかることから戦国時代になると途絶えがちになり、やがて廃止されました。

平成7年(1995)、当時の宮司の熱意により、450年ぶりに復興されました。

伊賀一宮 敢國神社ホームページ